REBORN!

□吸引性皮下出血
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思ったよりも手間取った、一口に言えばそんなところだ。


同盟ファミリーが荷担しているとみられる麻薬密売組織への潜入捜査。それが依頼の概要だった。
当初の予定では、数日での帰還になるはずだったのだが、敵の尻尾が掴めず殊の外長引いてしまった。


不手際を悔やむことよりも、正確かつ明瞭な報告を組み立てる方が賢明だ。
そう自分に言い聞かせ、部下が手配した車に乗り込もうとした時、突然数発の銃声が響いた。

街の中心部ともいえる広場での銃撃戦に、慌てて逃げ惑う人々。姿を暗ますには持って来いの状況だ。
騒然とした広場を尻目に、早いところこの場から立ち去ろうとした、正にその時だった。視界の片隅に揺らめく茶色を見たのは。


──あいつに似ている、


そう思うより先に、この足は勝手に走りだしていた。















次に目を開いたとき、そこには誰もいなかった。


やけに高い見慣れた天井が、ここがどこであるかを知らせる。
どれくらい眠っていたのか。まるで未だ夢の中にでもいるかのように、重くなった思考が働かない。
靄がかかったような思考が何とも落ち着かず、ゆっくりと記憶を手繰り寄せていると、聞き逃してしまいそうな程小さな声が耳に届いた。


「…リボーン?」


少し距離があったのか、視界には写らない。それでも、その姿を見るよりも早く、相手が分かってしまう。

ツナか、そう口にしたはずの声は、空気を僅かに揺らしただけで、音にはならなかった。酷く喉が渇いて、油断すると咳き込んでしまいそうだ。


「起きたの?」


返事ができない代わりに、一つ頷いて見せる。
そんな様子を見兼ねたのか、綱吉は水差しを手に取り、グラスに水を注いでくれた。感覚が鈍ったままの腕を伸ばしてそれを受け取る。
起き抜けの身体には常温の水でも強く、知らず眉に力が入ってしまった。

無意識に身震いしたのを見逃さなかった綱吉は、小さく苦笑しつつ俺の手元のグラスを奪っていった。
次いで降りてくる、懐かしい唇の感触。

先程よりも温まった水分は、渇いた身体に優しく染み込んだ。


「…おかえり」

「ただいま」


ようやく取り戻した声で、その名を一つ、口にしてみた。途端に返ってくる己の名前は、やけに甘く耳に届いてくすぐったい。


「お前の言い付けを守って、俺…いい子にしてたんだよ」

「…あぁ」


撫でて、とばかりに寄せられた奔放な髪の毛に、優しく手を乗せる。
あの時、見知らぬ女に重なった明るい茶色が、目の前で揺らめいた。柔らかい感触を楽しむように滑らせてやれば、甘えた猫の様に擦り寄ってくる。

薬臭かった空気の中に綱吉の香りを見付けて、あるべき場所に帰ったのだと、改めて実感した。



「無事で良かった…」


溜め息と共に吐かれた声は、酷く震えていた。
この一言にどれほどの想いが込められているのか。お前が何か口にする度に、胸の奥が甘く疼いて痛いくらいだ。

この数週間、きっと俺が思う以上にこの身を案じていたのだろう。俺自身がそうだったように。
そのことだけは、はっきりと分かっていた。だからこそ、余計に胸が痛いのだ。


「ツナ、遅くなって…」


悪かった。そう口にする途中で、突然唇に触れた人差し指に遮られてしまった。
穏やかに細められた琥珀と目が合う。


「帰ってきてくれてありがとう」


涙が浮かんだその瞳を前に出てくる台詞など、もはや何もなかった。



















───────────────


「…綱吉さんよ、」

「‥‥‥」

「お前はつくづく可愛い奴だな…」


目を覚ましてからというもの、それはもう驚異的なまでの回復力を見せたリボーンは今、生まれたままの姿にひん剥かれた俺をじっと見下ろしている。


「いや…これは、その─…」


さすがにあの時付けられたキスマークは綺麗に消えていたが、俺が自分で上付けしていたそれは意外にもしっかり残っていたのだ。
肩口と腕にのみ残るそれを見て全てを悟ったリボーンは、一度目を見開いた後、声を出して笑った。

──悔しい、というかむしろ恨めしい。

お前が『キスマークが消える前に帰る』と言ったのに、音信不通になったのがそもそもの原因だろう。


「ごめんな〜ツナぁ、俺がいなくて寂しかったんだよな〜ぁ」


どの口がそれを言うか。一発くらい殴っても罰は当たらない気がする。

ああその通りだ。寂し過ぎて、心配のあまり自分で跡付けたよ悪いか。
血とか朱肉とか、ちょっといただけない精神状態に陥るほど恋しかったんだ、しょうがないだろう。

ニヤけた顔を睨み付けていると、ふとリボーンの顔が悲しみに歪んだ。


「傷は付けんな」


人の思考を読むなと再三言っているのに、またやられてしまった。

──ごめん、もうしないよ、



心の中で呟いたそれに応えるように、優しいキスが降ってきた。

そのキスは次第に大粒の雨となって降り注ぎ、白い肌に再び赤い花を咲かせていく。



そうしてまた、この男に愛された証が、この身体に残るのだった。













fin...?

→おまけ

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