REBORN!

□Steal my Despair
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生まれる前からずっと一緒だった。

何をするにも、どこへ行くにもいつも一緒で。笑い合うのも涙を流すのも、どんなときも。
二人は一緒だった。




「…リボーン?」



不自然なほどに真っ白なこの空間に、リボーンの黒い髪は綺麗に栄えていて、思わず目が離せなくなる。室内には、医者と看護士の焦った声と母親の泣き叫ぶ声。それから、何か聞き覚えのある、ピ─ッと耳障りな機械音がない交ぜになって響いている。

こういう場面は何度も見覚えがある。何だっただろうか、こういう雰囲気は。医療系ドラマとか、刑事ものとかでよく目にする、これは…いったい何だったか。


室内の喧騒をぼんやりと見つめていると、リボーンにしがみ付いていた母さんに向かって、医者が何やら囁くのが目に入った。次いで止まる、あの電子音。
ああ、そうだ。あれだよ、心停止の合図だ。あのモニターが0になるとピ─ッと嫌な音が鳴って、俺たち視聴者はがっかりして泣くんだよ。

ようやく思い至ったその音源たる機械は、看護士の手によって片付けられ、気が付けば先ほどの様な嫌な音は止んでいた。
乱れていたリボーンのベッドが綺麗に整えられて、一人、また一人と白い部屋から人が去っていく。一時の慌ただしさは何だったのか。一変して静まり返った部屋に、時折母さんが啜り泣く声が漏れている。



「母さん?」


母親が泣く姿など見たことがない俺は、正直どうしたものかと動揺していた。
母さんは何も言わずに俺を抱き締める。いやに早い心音が、母さんに伝わってしまうかもしれない。

何を悲しんでいるのかは分からないけれど、母親の涙など見ていて楽しいものではなかった。
いつものように笑ってほしくて、ニコッとおどけて笑いかけてみた、…はずだった。

一瞬驚いた顔をした母さんが、俺の頬を優しくなでて初めて、自分が泣いていたことを知ったのだ。


真っ白い布を顔に被せられたリボーンが苦しそうで、ゆっくりと布を剥がしてやる。
良かった。なんだかリボーンがいなくなってしまったような気がして、少し焦っていたのだ。良かった、やっぱりここにいるではないか。


「…なんだぁ、いるんじゃんリボーン」


思わず口に出してしまった声は、自分でもびっくりするくらいに震えていた。何で?
黙ったままの母さんは、リボーンの首に掛かったペンダントを外している。どうして?


「あなたが持つのよ」


チェーンの先で、小さな小さなリングが光っている。
手渡された意味が分からなくて、首を傾げてしまうのは仕方がない。だってこれはリボーンのものだ。
それに、俺は自分のものを持っているんだ。だからそれはリボーンのだよ、ほら、イエローのストーンが付いているでしょう?俺のはブルーだもの。


「あなたが持つの」


再び繰り返された声があまりにも悲しげで、俺には断ることができなかった。


「じ、じゃあさ、借りることにするよっ。…リボーンしばらくこれ借りるからな、」


リボーンに断りを入れて、自分の首から下がるチェーンに通す。そうして、12年前に別たれたリングが再び一つに合わさった。
その様がしっくりきすぎていて、心がざわざわする。俺のじゃない。俺のものになったわけじゃない。

そう言い聞かせて、あとからあとから流れる涙を、必死に拭っていた。






それから数日後、下ろしたてのまだ真新しい制服を来て、弟の葬式に出た。

遺影で笑うリボーン、あの写真を撮ったのは俺だった。あの日、初めて袖を通した制服で出席した入学式。


リボーンは確かに、そこで笑っていたのだ。


























───────────────


「だから…家庭教師なんていらないよ」


窮屈な制服をぞんざいに脱ぎ捨てて、これですでに何度目かになる台詞を吐いた。
中学に入って数ヶ月。中間テストと期末テストを一度づつ経て危機感を覚えたのか、母さんが家庭教師を付けようと言うのだ。

こちらとすれば夏休み直前のこの時期に家庭教師なんて、謹んでごめん被りたい限りだ。それに、見ず知らずの人が家やこの部屋に出入りすることが、まず耐えられない。


「…ツッ君、」

「分かってる、だから言わないで」


母さんの顔を見ることができなくて、俯いたまま背を向ける。母さんの真意は分かる。今どんな目をして俺を見ているかも分かっている。
お互いに引くことができず必死に言葉を探して、やがて母さんが折れて俺の部屋を去る。それが最近のパターンだった。

やりきれない感情が体中を蝕んで、一人きりの部屋が俺を責め立てる。漫画を読んでもゲームをしても集中できず、ベッドに身体を投げ出しても欝は拭えない。
こうなってしまえばもう何も手立てはなく、全てを受け入れて嘆くことしかできなかった。


「リボーン…」


胸元をきつく握り締める。首から下げた2つのリングは、俺の体温が移っていていっそ不自然な程に暖かい。
絶望。それは、喪失に酷く似ている。


「リボーン」


呼べば返ってくるはずの声は、もう久しく聞いてない気がする。
俺自身も、この部屋も、何もかも変わっていないはずなのに、肝心の何かが足りないだけで一気に色褪せて。もう以前のそれではない、もう元には戻れないのだと、そう示唆していた。


「…リボーン、」


いつもいつも一緒にいて、生まれる前から一緒で、


「…リ…ぼーん、」


あの笑顔が大好きで、意地悪な顔さえも大好きで、


「……り…ぼ、」


俺の、たった一人の弟。
失ってしまった、ただ一人の大切な人。


「…ふっ、く…」


微かに残るリボーンの匂いを、いったい何度こうして探したのだろう。
最初はすぐに見つけられた。それが、今はほとんど叶わなくなっている。過ぎていく時間は、大切な痕跡を奪っていくくせに、心を蝕む悲しみは癒してくれなかった。

リボーンのベッドで、リボーンの服で、リボーンの面影で。何でもいい、どんな些細なことでもいいからと、あの日からずっと探し続けている。
彼の存在したという、証を。

















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