REBORN!

□Steal my Despair
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双子の片割れを失った自分と、年若い息子を失った母親。どちらが哀れだろうか。


そんな愚かなことを考えたことがあった。




気丈に振る舞う母さんが弱さを見せたのは、ほんの僅かな時間だった。
今は亡き息子の名を幾度も幾度も呼び続け、泣いていないのがいっそ不自然なくらいに打ち拉がれたその姿が、脳裏に染み付いて離れない。


『忘れなくていいのよ、でも…忘れてしまうことも仕方がないのよ』


リボーンの遺影にか、隣に座る俺にか、はたまた母さん自身にか。諭すように囁かれたその言葉は、ここ数日の自分を見透かされていたようで、返せる言葉もなかった。

リボーンが亡くなってからというもの、彼の服や家具から細かい私物まで、ありとあらゆる遺品はそのまま残されている。
それは俺の我儘のようなもので、あいつがいないことからの現実逃避の象徴だった。母さんが何も言わないのを良いことに、我を通し続けている。

望んだ不変がだんだんと遠退いていくと感じる度に、取り戻すことに必死になっていた。何もかも受け入れんとする母さんを責めたのも、何も関係ない先生を否定するのも、そんな心の表れだった。

俺はどうしたらいいのか。がんじがらめになった頭で、幾度となく自問してきたその答えは、母さんの言葉の中にある気がした。







「ふむ、だいぶ基礎が固まってきたな」


夏休みも半分以上が過ぎ、あれだけ荒んでいた気持ちも大分マシになってきていた。
それも一重に母さんのおかげだ。以前と変わらない態度と笑顔に何度となく励まされてきた。母子二人きりの生活で、男の俺がしっかりしなければ。そう思えるくらいには、現実を受け入れる覚悟もできているのかもしれない。

それと、正直に言えば先生の存在も大きかった。外部の人間でも人と接することで、閉じこもった気持ちが嫌でも外界へ引きずり出されたからだ。


「このまま予習という形で教科書を進めてもいいが、一学期の復習までにしておくか?」

「次…やります」


懐かなくて扱いにくい俺なんかに、よくしてくれているとは思う。この時期に夏休みの宿題が済んでいるのも、この人の頑張りの賜物だと思う。

他人に心を許す術を忘れてしまった俺だけど、いつかは。この夏の間には、打ち解けることができるだろうか。


「そうか、じゃあ残りの2週間分の予習教材が必要だな!」


先生は嬉しそうに笑っている。
俺が問題を解くたびに、先生が赤で丸を付けるたびに、彼は笑っていた。
俺が忘れてしまった感情をわざわざ見せ付けられているようで、少し居心地が悪い。そう思っていたのを、先生は気付いていたようだ。

どうして笑うのですか、そう聞いたことがある。
『嬉しいからに決まっているだろう。綱吉が笑わない分も私が引き受けているのだ』
さも当たり前だと言わんばかりの態度が妙に可笑しくて、笑えた。その時からだ、凝り固まっていた頑なな気持ちを溶かされていると自覚したのは。


「奈々さんの料理はまさにお袋の味ですね」

「うふふ、よかったら夏休みが終わっても食べにきてちょうだいね」



綱吉にとって苦痛でしかなかった三人の食卓にも慣れ、自然に受け入れている。母さんが喜ぶから、先生が喜ぶから、そんなことは言い訳で。綱吉自身の変化が、何よりも強く働いていた。



「ジョット君は9月のお休みはどうするの?良かったらこのまま家庭教師お願いできないかしら」

「すみません、実は実家に帰省する予定なのです」

「まあ、ご実家って確か…」

「イタリアです。」


夏休みの間にと契約した家庭教師だったが、ジョットの人柄を大変気に入っている母さんは、期間の延長を申し入れた。
大学生である彼は、少なくとも9月後半までは休暇のはずだと考えたのだろう。


「そう、残念ね。ツッ君も喜ぶと思ったのだけど」


母さんは、まるで自分がデートの誘いを断られたみたいに落ち込んでいる。
俺が喜ぶ以前に、母さんが寂しのではなかろうか。


「母さん、先生が困ってるだろ……?」


さり気なく助け船を出して、先生の顔色を伺った俺は軽く困惑してしまった。
先生の顔に浮かぶいつもの笑顔が、酷く切なげに見えたからだ。


「すみません、でもそう言って頂けて嬉しいです」


しかしながら次の瞬間にはいつも通りのそれで、俺はますます訳が分からなくなる。
そういえばこの数週間毎日のように一緒にいるのに、先生のことを実はあまり知らない。こちらから質問しないからかもしれないが、少なくともお互いプライベートの話をしたことは一度もなかった。



「…バイト、どうして家庭教師なんですか?」


素直に思ったことを聞いてみる。
それなのに、先生はもちろん母さんも驚いた風にこちらを見るではないか。なんとなく居心地が悪くて、視線を下げる。


「え?ああ、えっと…子供!子供が、好きだからな」

「俺みたいなのでも?」


慌てて開いた口から出た答えが釈然としない俺は、尚も問い掛ける。


「何だそれは。綱吉で何が悪いと言うのだ」


途端に拗ねたような口調で、先生は逆に質問をし返してきた。何だろう、俺は怒られているのだろうか。


「私としては、良い生徒を持ったと喜ばしく思っているのだがな」


本気かこいつ。以前の自分なら間違いなくそう思っていただろう。それがどうだ、今はとてもくすぐったくて照れ臭い、そんな感じがする。
いったい何だというのか。


「良い先生で良かったわね」



母さんの言葉が遠くで響いていた。
















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