REBORN!

□憎らしい程に愛しくて
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酒の肴などその場の空気で十分。けれどもそれこそが難しい。
気分・環境・連れ・ムード、例えばそんな要素を挙げるとするならば、今宵は既に一つ目から躓いてしまっていた。それがある一人の女の登場でどう転ぶかは、この時点ではまだ分からなかったけれど。





「私もね、彼と色々あって…」

「そうか」


最初に受けた硬派な印象はいくつか言葉を交わしてみても裏切られず、深夜のBARで男を誘った割に全く媚びない態度がリボーンを安心させた。それが彼女を邪魔者にできない理由だった。

女には優しくがモットーのリボーンにとって、この手の振りで女が何を求めているかなど手に取るように分かった。
大抵の女は憂さや怒りから逃れようと、一時の愛を求める。その他の少なくない一部の女は、事情を知らない他人にその胸の内を聞いて欲しいと望む。

見たことも会ったこともない自分をその相手に選んだとはっきりとは分からないが、物憂い表情で笑う女を放っておくのは気が引けた。
何が引っ掛かるのかは分からない。この笑い方か、女の態度か、雰囲気か。それこそ自身の気分や気まぐれかも知れなかった。


「アンジェラ…といったな?」


ええ。とすぐさま返答がされ、彼女はまたグラスに化粧気の薄い唇を付ける。淡い照明がグラスにぶつかっては彼女の白い肌に反射するのを、何となしに見つめていた。


「生憎俺は丁度良い話題を持ち合わせていなくてな。何か話したいことがあったら聞かせてくれ」


彼女の切れ長な目が見開かれたのはほんの一瞬のこと。手持ちぶさたな細い指を華奢な造りのグラスの淵に絡め、薄く浮き上がった汗で指先を濡らす。アンジェラは暫く黙ったままそうしてグラスを弄び、やがて大したきっかけもなくポツリと言葉を漏らした。




「本気になってはいけない人にね、…惹かれてしまうのよ」



どこか遠くを見つめ、ここにはいない誰かに思いを馳せるその横顔はやはり、自分の知る誰かと重なるようで、知らずリボーンも自身の想い人を辿った。

本気になってはいけない、自分たちはそれ以前の問題を抱えているのかも知れない。
互いにとって本来は愛だの恋だのが成立し得ない存在なのだから。
想ってはいけない相手を愛してしまう。本気になってはいけない相手を、手に入れたくなる。残念ながら彼女のそんな気持ちを分かってしまう自分自身に嫌気がさした。


「珍しいことではないな」


今まさに自身を苛む感情を隠し、彼女を肯定する返答をした。
『悪いことではないさ』その言葉を選べば、少しは楽にしてやれるだろうか。そこまで思い至りながらも敢えてそうしなかったのは、この言葉で真に救われたいのは自分自身なのではないかと気付いているからだった。

彼女を慰め肯定する言葉を吐いておいて、腹の奥では自己を正当化したに過ぎない。そうせずにいられる自信がなかった。


「確かに珍しくはないわね。それに愛していれば…愛しされていれば、幸せだと思っていたのよ」


話し相手がいながらもまるで独り言のように淡々と呟かれた言葉が、またしても自身が隠そうとしている弱い部分を突いた。
俺はあいつを愛していて、あいつも俺を愛してくれて、つまりは相思相愛で。それだけで十分だったはずの関係にもいつからか──あるいは最初からかもしれないが──振り払えない暗い影が付き纏うようになった。
強い愛情で多くの困難を乗り越えられたとしても、愛し合っているだけでは解決できないことだって無限に存在すると、リボーンは思うのだ。


「…訳を聞いたら困らせちまうか?」

「ふふ、貴方って優しいのね」


それまで真っ直ぐ前を向きながらも遠くを見据えていた視線がこちらに向き直る。ようやく笑顔らしい笑顔を見せたアンジェラは、ふわりと柔らかく微笑んでいた。

(リボーンは優しいね、)

どんなに振り払ってみてもすぐ後ろから付いてくる面影が、彼女を放っておけなくさせる。『優しい』などとあいつ以外の人間に、ましてや出会って間もない他人に言われる日がこようとは思いもよらなかった。


「女には優しく。それが世の習わしだろ」


気を抜くとすぐに自嘲しかけてしまう自分を誤魔化すように、リボーンは何でもない風を装った。
そんな態度がまた彼を優美に魅せるのだとアンジェラは気が付いたが、敢えて指摘することなく微笑みを深める。素敵ね。と、ただそれだけ口にして。



「恋人ではないのよ。彼にはね、他に心に決めた女性(ヒト)がいるの」


柔和な微笑みが、あの苦笑に変化する瞬間を見た。

つまり彼女は浮気か不倫の相手、もしくは…誰かの愛人か。ふとこれまで自らが囲ってきた愛人たちの顔が頭を過った。
最も強く求めた存在を手に入れたのと引き換えに手放した、無数の擬似恋愛の相手。とは言え自分にとって彼女たちは、利害の一致したある意味ビジネスパートナーのようなものだった。

造り物の愛を寄せ合って、戯れの恋を恋愛と偽った。それで互いに納得し成立したのならば『相思相愛』だったと言えるのかもしれない。


「…そうか」


他にいったい何を言えただろう。
いかに女慣れし、話術に長けた己とて、同情には聞こえない慰めを吐けるほど出来た人間ではなかった。

行き場を失った視線が再び自分から離れ細い両肘がカウンターに乗せられるのを見て、リボーンも視線を外す。
あのベビードールの妊婦はどうやら寝入ってしまったようだ。店主が店の奥からブランケットを取り出し、惜しみなく露出された肩に掛けている。酷い酔い方をしていた割に安らかな寝顔が垣間見えた。


「でもね、それでも彼は善くしてくれるし優しくしてくれるのよ?」


仁愛という名の愛情で、目一杯に愛される。錯覚してしまっても仕方ないでしょう?と彼女は笑った。
ルビー色のカクテルは、いつの間にか自分が飲んでいたそれと同じものに変わっている。


「身の程は弁えているわ。それでもたまには…こんな夜もあるのよ」




知的で凛とした雰囲気の女性が普段は押し隠した弱みを見せる姿は、愛人を捨てて恋人を選んだリボーンを切なくさせた。

それでも己にはこの道しかない。綱吉以外の人間を愛する道などないのだ。



──だからこそこれほど迄に強く、それはいっそ憎らしい程に。



愛しているのに…










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