REBORN!
□憎らしい程に愛しくて
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女の様にしなやかな身体に夜毎己が種子を植え付けてみても。
その身体から吐き出される生命を、最後の一滴まで飲み干してみても。
叶わないものは叶わないのだ、永遠に。
ややもすれば所詮それさえも、ただの馬鹿げた世迷い事。
「どうして?何でそんなこと言うんだよ、」
「いいから落ち着け。そんな興奮してちゃ話しもできねえだろ」
これまでにも幾度か交わしてきたやり取りを性懲りもなく再び一から始めていた。決定的なきっかけなどはない。互いに避けていた問題もいつかは精算させなければならない、ただそれだけだ。
しかし議論は何度なされても結局最後は振り出しに戻り、また日を空けずに再び浮上する。その繰り返しだった。
「俺は至って冷静だよ!」
「嘘つけ」
悲しみに歪んだ表情を目の当たりにする度に、すぐにでも抱き寄せ大声で『お前の全ては俺のものだ』と主張していまいたくなる。どうして分かってくれないんだ?己の嘆願を鏡で映すように、綱吉もそんな目でこちらを見ていた。
『人を愛することって難しいんだね』
何度目かの応酬の時に口にしていた言葉が脳裏を過っていく。そんな悲しい台詞を吐く儚い微笑みを、やはりあの時も抱き締めることはできなかった。
「自分の立場を考えろ。俺たちだけの問題じゃねえんだぞ」
俺は子供なんてちっとも欲しいと思わない。ツナさえいればそれで十分だ。
二人で生きると決めたときから、俺は不毛な望みを捨ててきた。いつか遠くない将来それを渇望し切願することになると分かっていても。
真に立場を弁えるべきは己自身だということを、リボーン自身嫌というほど自覚していた。
一対の愛情と綱吉が負うべき宿命、そんなもの天秤に掛ける行為さえ無意味なのだ。
「それでも俺にはできない」
下がった眉が、震える声が、いっそ痛いくらいにその悲しみを伝えた。それならばその愁嘆は自分が消化しよう、この胸の痛みなどお前は知らずともかまわない。
だからお前にはどうか分かってほしい、10年以上もの時を共にした自分でさえも計り知れない程のその存在価値を。
「血を絶やすことは許されない。そんなこと、…俺だって許さねえ」
強く強く噛み締めたその唇を解いて、澄んだ涙を許したとしても俺はそれを拭えない。悲しみに打ち拉がれて震える身体を抱き締めることができない。
だけどどうか分かってほしい。それでも俺は、心からお前を愛してる。
「…ねえ、自分が今…何を言ったか、分かってる?」
「あぁ」
分かってる、分かっているからこそ俺が言ったんじゃねえかよ。他の誰でもなく、俺の口から。
澄み切った琥珀色の瞳からついに溢れ出した涙を、はやり拭ってやることはできなかった。毅然に振る舞い決して譲らないのは、何よりも俺自身の意志なのだから。
その時だった。生まれて初めて俺は、心が涙を流す音を聞いたのだ。
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「どんなに愛し愛されていても報われないこともあるけどな。…どっちがマシかなんて分からねえが」
どんなに想っても報われない愛と、どんなに想い合っていても添い遂げられない愛と。どちらを真の悲恋と呼ぶかはそれぞれで。
しかしこの一瞬、もしも自らの意志でどちらかを選ぶことができるのならば迷わず前者を取りたいと、リボーンは思った。
出会ったことに後悔はしていない、愛したことにも微塵も悔いはない。愛される幸福だって嘘ではない。
しかし、もしもこれが自分の片恋のままであったならば一番大切な存在を傷付けずに済んだかもしれなかった。
何よりも愛しい人が哀しみに暮れるくらいらば、叶わぬ想いで枕を濡らしたい。
どうにもならないと分かっているからこそ、そんなことを願ってしまうのだった。
「そうかも知れないわね。所詮無い物ねだりなのよ」
「自覚していたとしても止められない」
「ええ」
二人は揃って苦笑を漏らした。手元にはもう何杯目になるか、揃いのグラスが揺れている。
「なんだか私ばかり話しててごめんなさい」
「構わない。聞き手の方が性に合ってんだ」
会って数刻の素性も知れない人間と愛について語り合っているなどと、あいつに知れたらどう思うだろうか。
しかもそれが中々に有意義だと思う出会いだったとしたら。
リボーンはアンジェラに断りを入れ、暫く手放していたタバコを燻らせた。立ち上る紫煙が照明に当たって色付く様を何となしに見つめる。訪れた沈黙はなぜか苦痛ではなかった。
「cupo、貴方の話を聞きたいわ」
リボーンの吐いた煙を眺めていたアンジェラは、そう言って子供の様に笑った。
本当に興味を持っての言葉か彼女の気遣いなのかは窺い知れないが、どこか無邪気とも言える笑顔はこれまでの切なげな微笑みよりも彼女に相応しかった。
「男ってのは女の前で格好悪いことは言わねえもんだろ?」
灰皿の上でタバコが灰を拵えている。
「あら?男性は女性の我が儘を断れないって法律ご存知ないの?」
ますます深くなった笑みでアンジェラは綺麗に返答をしてのけ、リボーンの顔を覗き込むような仕草を見せる。
釣られてリボーンも小さく吹き出すと、二人は声を上げて笑った。この閑疎なBARにいっそ不釣り合いなその光景を、店主は穏やかに微笑んで見守っている。
ひとしきり笑い合いやがて再び静寂が戻った頃、リボーンの口が開かれた。
「…会社。ある会社のトップで、世襲を重んじる嫡家の末孫なんだ、そいつは」
「…後継問題?」
「ああ。身分が違う俺とは子を生せないからとあっさり血統を断ち切ろうとしている」
(いらないよ後継なんて!元々当代で潰す為にボスになったんだ)
「だがそれは許されないんだ」
(俺にはできない、…できないよ…)
「それで、貴方は何て言ったの?」
「『俺たちだけの問題じゃねえ』…子どもを作れ、そう言ったんだ」
(…ねえ、自分が今…何を言ったか、分かってる?)
何か大切なものを失ってしまったような、そんな表情をしていた。信じられないものを見る目でただただこちらを見ていた。
あいつが欲しい言葉を口走ってしまいそうになる自分を閉じ込めて、傷付けることを分かっていて言ったのだ。
『何の為の愛人だ。アンドレアだかアンジェラだか知らねえがっ、…一人でも産ませりゃそれでいいんだ!』
そうだ、俺は確かにそう言った。
アンジェラ…確かにその名を口にしていた。
何も知らないアンジェラは、愕然とするリボーンの肩にそっと手を置いた。
元気付け励ますような優しい視線は“Angela”まるでその名を体現するかのようだった。
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