REBORN!

□By my side.
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『聞いてリボーン、俺さ…、俺…決めたよ』


最初に訪れたのは綱吉がボンゴレの光と、そして闇を受け入れた場所だった。人の介入を知らない静寂に包まれた湖畔を背に、綺麗に拓けた場所。ここに眠るボンゴレの歴代父たちの前をゆっくりと歩んだ最奥の、木漏れ日に輝く一際美しい場所。

ボンゴレの歴史上最も偉大な父の前で誓いを立て、彼奴は自らの宿命を丸ごと受け入れたのだ。


あの日も同じ静かな風が吹いていて、凛とした彼奴の声だけが木霊するように響いていた。
彼奴が沢田綱吉の名を捨て、ドンボンゴレとなった場所。思い出を辿る出発地としてここを選んだのは、あの日綱吉の隣で自らもある覚悟を決めたからだった。


すなわち彼を守って、彼の為だけに生きること。


こうして再び訪れてみて気が付いたことがある。守っていたつもりでいて、本当は彼奴の優しさにひたすら守られてきたのだということだ。














『え、何これ…ふふっ…。あ待って!笑って悪かったよ。でもいったいどんな顔してこれ買ったのかと思ったらさ…っぷふぅ、』


綱吉の元を離れてから一度も、ボンゴレのシマに足を踏み入れたことはなかった。とはいえたった一年でガラリと何かが変わることはなく、見馴れた街の雰囲気に酷く落ち着いてしまう。

いったいいつだったか。記念日でも何でもない日に、両手一杯の花を贈ったことがあった。薔薇の花束なんて一生無縁だと思ってたよ、とか言いながらも嬉しそうに笑っていたっけ。
どうせ花瓶なんて持っていないだろうと、気を回して別の店で用意してまでプレゼントをした。気が利くねなんて感心して見せたけれどある日見てしまったのだ、萎れて変色していく花弁に礼をした後、小さく謝っている姿を。

それからはなるべく切り花ではなく、鉢植えを選ぶようになった。


暫く贔屓にしていたこの花屋も変わらない。真っ赤な薔薇が店先の特等席を占め、鮮やかに咲き誇っているこの光景も。













『ちょっとだけ!一口でいいからさ、ちょうだい?ね、いいでしょ?』


花屋から少し離れた一角にある古びた建物。カフェというより喫茶店と言った方がしっくりくるような、そんな雰囲気だ。
俺たちは仕事の合間なんかにここで待ち合わせをした。この店の、丁度この席で。
少しでも時間に遅れたりしようものならば直ぐに拗ねるものだから、よく向かいのケーキ屋で機嫌を取ったものだ。


珈琲豆の深い香りが立ちこめる店内で、懐かしい味わいに思わず感嘆の溜め息が出る。
そういえばイタリアに来た最初の頃はオレンジジュースしか飲めなかった彼奴は、いつしかカフェ・ラ・テに昇進した。いつか二人で同じものを飲むのだと意気込み続けて数年、その願い虚しく結局彼奴はカフェ・ラ・テ止まりだった。


二人並んで同じ注文をする日を密かに楽しみにしていたあの頃。
この席でお互い違うものを飲みながら、どんな話をしていたのだろうか。恐らく何て事もない世間話なのだけれど、今となってはそれさえも貴重な思い出で。


リボーンはエスプレッソ片手に一人、すっかり忘れてしまった時間を悔やんでしまうのだった。














『別にそんなんじゃないよ。でもほら、やっぱり流れてる血はあの国のものでしょ?』


たまたま利用したこのホテルを、彼奴は一目で気に入った。たまに出掛けたいとねだったときは、大抵ここのラウンジでディナーを取った。
この国には非常に珍しく和の持て成しを追究したというラウンジは、日本庭園が忠実に再現されていたのだ。


ホームシックか?とからかい混じりに聞くと、決まって『落ち着くだけだよ』と不自然なくらいに爽やかな笑顔を返してきた。彼奴に母国を捨てさせたことを俺自身少なからず負い目に感じていることを、綱吉はきっと気付いていたのだ。


ここで食べる誰もが素晴らしいと評価する日本料理が、本場の和食に馴れ、ましてやあの母の手料理で育ってきた俺たちにとって紛い物以外の何物でなかったとしても。俺たちは何も言わずにこのラウンジに足を運んだ。

お互い何を思っていたのか尋ねたことはない。それはただ、簡単に崩れる均等を怖れていたのかもしれなかった。












『後でアンディに謝らなきゃ。早く連絡すれば良かった…。リボーンも予約してるなら先に言ってくんなきゃ!』


わざわざレストランを予約して驚かせようとしたら、彼奴は開口一番そんなことを言った。感激よりも先に、屋敷でディナーの仕込みをしていたであろうシェフを心配したのだ。

俺はというと、折角完全個室を用意してセッティングまでしたのに、何て空気の読めない奴だと密かに落胆していた。けれどそんなところも彼らしいと許してしまう自分に、結局笑ってしまったのだ。


詰まる所は、どうあっても俺の世界は綱吉を中心に回っていたらしい。


思い出を辿っていくと、その時々の考えや気持ちまでもが思い出されたりする。苛ついたりムカついたことは数えきれない。それでも傍にいられたのは、やはりそこに愛があったからだろうか。


では今この時、当時を振り返って懐かしんでいる自分はもう、彼奴を愛していないというのか。
この時点ではその答えは出ていなかった。ただ思い付くままに自分たちの軌跡を追っていた、この時にはまだ。







正直この旅をするまでは、ボンゴレのシマに足を踏み入れることは二度とないと思っていた。けれど俺はこうして再びこの地を踏んでいる。
だが、この街で最も彼奴との日々を強く感じる場所には、即ちボンゴレの私邸にはやはり訪れることはできなかった。

たくさんの思い出を残したあの場所だけは無理だ、今さら踏み込むことは叶わないのだと、強く強く心に決めていたから。




気の向くままに足を進めていく中、馴染んだこの街を背にして突然次の行き先が決まった。

この世界中で最も思い出深く、二人が最も長く共にあった場所。本当は訪れるべきではないと分かっていても、どうしても、一目だけでも見ておきたかった。






何の準備もないままに、リボーンはこの国を後にすることにした。

今行かなくてはきっと、それこそ二度と訪れることはない、あの町に思いを馳せて。













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