REBORN!

□By my side.
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衝動のままに飛び乗った飛行機で半日を費やし、何年振りにこの地を踏む。


彼奴のみならず、異人である自分をも形成してきたこの国になら、忘れている何かを見付けることもできるだろうか。











『何でお前がそんな顔すんのさ!俺は自分の意志で行くんだからね?リボーンなんて……そう、ついでだよついでっ!』


イタリアとは違うじめじめと湿った暑さに、リボーンは無意識に眉をしかめた。妙にごみごみしていて、狭い範囲に息苦しいほど建物や人が犇めき合っている。
かつては苦手だったそんな雰囲気さえも、今は酷く懐かしい。


並盛を出て7年弱。相も変わらず嘘みたいに平和な町並みに、リボーンは自分でも驚くほど安堵していた。
綱吉を差し置いて帰ってきてしまった──自分の故郷でもないのに“帰る”なんて笑える──ことに少しだけ罪悪感を抱きながら。


目立つ出で立ちは隠さずに歩いた。人々が決まって己を振り返ろうとも構わない。
一目見ればそれで良いのだから。彼奴がその人生の大半を過ごし、俺たち二人が出会った場所を。
初めてキスをして、初めて一つになった場所でもある、あの家を。



平日の昼間に真っ黒い出で立ちの外人が一人、ゆっくりと歩いていく。人々の好奇の目に晒されてもリボーンは姿を偽ることはしない。
歩き慣れた道を一歩一歩踏みしめる度に、様々な出来事が思い起こされた。




『お前また学校来てたのかよ。前から思ってたけどヒットマンてそんなに暇な…ひぃ、痛いっ!』


並盛中を通り過ぎれば子供たちの声がする。この時間は昼休みだろうか。
綱吉もこんな風に学生時代を過ごしていたな、と親でもないのに感傷に浸って、グラウンドのフェンス越しに変わらない校舎を見上げた。

生徒たちは勿論、教師だって変わってしまって、今となっては彼らを知る者はいないかもしれない。


自分の母校でもない学校が酷く懐かしい。けれど懐かしさの裏ではどこか切ないような、そんな感覚がしていた。





『リボーンもういいだろ?帰ろうよ、母さんも心配するしさ。』


並中と沢田家との間にある公園は、度々彼奴の修行の場となっていた。子供がいる時間を避け、深夜や早朝に連れ出したこともある。

自分はいつの間にか、あの日の綱吉の年齢に近付きつつあることにここに来てやっと気が付いた。
決して追い付くことができない最大の壁。こうして長い時を経てみても、未だにあの日の彼奴にさえ並んでいないのか、と。





『お別れしてきたよ、自分の部屋に。だけどこれが最後じゃないとも言ってきた。…それくらい許してくれるよね?リボーン、』


日本を経った日、泣き虫の彼奴は必死に涙を堪えていた。

中に入ることも、立ち止まって見上げることさえも出来ないこの家。歩みが止まってしまわぬように、ちらりと横目だけで眺めた。庭の木は少しだけ背が伸びて、綺麗に手入れされた庭が視界の端に映る。


表札の文字を見て、涙が出そうな懐かしさを覚えても、真っ直ぐ前を見て歩いた。
彼奴にとって、二人にとって大切なこの場所を守るために歩いた。

本当は今すぐドアを叩きたくて、あの部屋に帰りたくて。振り返ってしっかり目に焼き付けたい気持ちを押し込めて、リボーンは次の場所へと歩き続けたのだった。













『ねえちょっと、写真撮ろうよ写真!……ス、スミマセ〜ンシャッター、イイデスカ?』


イタリアに来たら行ってみたかったのだとせがまれて、案内をさせられた街があった。
遊びに来たわけじゃねえと再三言ったにも拘らず、本当に嬉しそうに計画立てしているものだからこっちが根負けしてしまったのだ。


水の都ヴェネツィア。彼奴と訪れた中で、唯一旅行らしい旅行だった。
俺が一切の通訳を断ったために彼奴は、覚えたてのイタリア語を使って色んな人に懸命に話し掛けていた。ほとんどの人間が首を傾げて困っていたけれど。


渡伊してからというもの、綱吉には厳しい毎日が待っていた。慣れない環境に、ジャッポーネ出身であることの風当たりは相当のプレッシャーだっただろう。
そんなとき訪れたこの街で、彼奴は言ったのだ。

『…綺麗な国だね、』

と。あのときの横顔は今も忘れられない。彼奴がイタリアという国で生きることを受け入れたのは、もしかしたらあの時だったのかもしれない。
その言葉の真意を知って、馬鹿みたいに安堵した自分自身の気持ちも、生涯忘れることはないだろう。












『…もう後には戻れないね。リボーン…寒い、寒いよ。お願い…ずっと傍にいて、これから先もずっと。……ありがとう。じゃあ…約束だからね、?』


思い出は決して綺麗なものばかりではない。ましてや世界の裏側で生きる俺たちならば尚更だ。

フランスとの国境に近いこの地は、数年前まであるファミリーが占拠していた。荒城がひっそりと建つこの場所は、彼奴が初めて人を殺めた場所でもあった。


つまり彼奴が長い間譲らなかった“殺さない戦い”を捨てた、そんな場所なのだ。


当日ここには、ボンゴレに引けを取らない程の古い歴史を持ったマフィアの本拠地があった。両者は何時の世もイタリアの二大勢力として名を列ね、不可侵条約の上にその関係を成り立たせてきた。

そんなある時、双方のボスがほぼ同時期に代替りするという事態が起こる。しかも片方はなんと、遠くジャッポーネからやってきた年若い優男だという。


そこでもう一方の継承者はほくそ笑んだのだ。長いこと目障りだったボンゴレの歴史を、漸く終わらせるときがきたのだと。



それから一月も経たぬうちに両者は決着を迎え、イタリアの歴史が揺れ動いた。
ただの城跡と成り果てたそこには、当時の凄まじい炎を物語るように黒い焦げ付きが残り、草一本生えることのない程に大地は死んでしまっていた。



人々は言う。
あの男に喧嘩を仕掛けてはならない。あの男のファミリーを、決して傷つけてはいけないと。


それがきっかけとなってツナヨシサワダの名は裏社会に知れ渡り、彼を語る上では絶対に欠くことができない、ある種伝説級の出来事となったのだった。












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