REBORN!
□愛惜螺旋律※R18
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【act.2 清貧の夢】
ボンゴレ孤児院から子供でも歩いて行ける距離に、その教会はあった。
孤児院の運営の一端は、他ならぬそこに集う人々によるものだ。
天上に突き抜けるほど壮大な造りのパイプオルガンと、閉じ込められた音が響き合うようにと設計された教会内は、リボーンとツナヨシにとって最高の舞台であった。
「ねえリボーン、ナナさんもさ、ここで歌ったりしてたのかな」
二人が所属する聖歌隊の音楽会を数日後に控えた、ある月夜のことだった。
夕食を済ませて数刻経った頃、ツナヨシはリボーンを誘って教会へ来ていた。年少組の就寝時間であるこの時間は教師陣がそっちへ付きっ切りになる為、此方への目が甘くなるのを良いことに。
「さぁな。だが教会音楽云々より街の聖歌隊自体、結成以来ずっと女人禁制らしいからな」
さもどうでも言いことのように返し、リボーンは最前列に座るツナヨシの隣に腰かけた。
月光がステンドグラスを優しくすり抜けて、薄暗い教会内を儚く染めている。その幻想的な光を、かつて件の少女も見ていたのだろうか。
リボーンの白い肌にも薄っすらと色が灯ってユラユラとするのを、ツナヨシは何となしに見つめていた。
先ほど告げられたように女性が教会で歌うことは禁じられている。
しかしここの牧師である老人はそれを“正式には”という意味合いで以って、都合よく解釈しているようだ。
現に、教会の開放日には院の児童たちが自由に出入りするのを許したし、声が共鳴するのを面白がった女児が元気よく口ずさむ音楽も咎めることをしなかった。
「ユニもラルも。みんなで音楽会、出来たら良いのにね」
月の光降り注ぐ静かな空間に木々のざわめきと、ツナヨシの小さな声が溶けていった。
真っ白なマリア像にも色が映って揺れている。
ところで二人が所属する聖歌隊とは、街の子供たちの有志で編成されるものであった。
貴族の子供たちは無条件で参加が出来るのだが、普通の市民は親が有権者でなければ入隊には試験が必要とされる。
しかしツナヨシ達の様な孤児は一階の市民と比べ、筆記・実技共に非常に困難なのは常であった。
二人一緒に入隊した数年前、実際リボーンの励ましがなければ泣き虫のツナヨシなど一発で不合格だったに違いない。人前で歌うということはそういうものだ。
つまりは教会音楽が女人禁制を謳っているいる限り、院の女児であるユニやラル・ミルチは試験への申し込みの時点で排除されてしまうだろう。
「ま。ラルあたりはバレずにやってけるだろうけどな」
「あはは、後で言いつけてやろ」
ラルというのは同じ年の頃の女児である。些か気が強いのが玉に傷だが、真意は心優しい。いじめられっ子のツナヨシにとってはお姉さんの様な存在だった。
「それはゴメンだぞ。今の内にその口を塞いでおくか」
軽口を交わしながらボーッとマリア像を見上げていたリボーンが突然、面白いことでも思いついたように向き直った。
そして静止を掛けようとする腕を取り、掬い上げるように口付ける。途端に大人しくなるのをい良いことに口腔に舌を滑り込ませると、ツナヨシは観念したようにおずおずと舌を差し出した。
「…っふぅ…ん」
いつの間にか拘束が解けた手は、震えながらリボーンの細みのそれにしがみ付く。
口の端を零れそうになる唾液を最後にねろりと大きく舐め上げられた時には、既にツナヨシの目は蕩け始めていた。
「続きは部屋でしてやる」
耳元で囁かれた声に、上気した肌は一層熱を上げる。良いとも嫌とも返事が出来ない代わりにツナヨシは小さく頷いた。
キリシタンにとって特別な、神聖な場所での禁忌は快感を悪戯に引き上げるようだ。いけないと分かっているのにないがしろに出来ないのが良い例だった。
「…でも…声が…、」
「お前が我慢すれば何の問題もねえだろ」
「そんな…!」
親愛の意を超えたキスを始めて交わしたのはいつだったか。
好きだとか、愛とか、結婚したいとか、そういうことではなかったと思う。
切っ掛けがあったのかさえ分からない。いつの間にか大人がする様なキスを知り、気が付いたら身体を繋げる行為で互いの存在を確かめるようになっていたから。
始めはそう、好奇心だったのかもしれない。次第にそれは他人には知られてはいけない類の行為であると理解し、それからはこうして二人きりになった時の秘め事となった。
「なぁ、ツナ。今度の音楽会には有名な音楽家や資産家がたくさん来るらしいぞ」
「…うん?」
「解ってねえな。貴族や楽団の目に止まればもっと大きな舞台に立てるかもしれないってことだ」
取り合った手は幼さを残し、青年の一歩手前のそれだった。
孤児として親を知らぬまま育った故の悲しみや苦労はある。しかし兄弟には夢と、そこへ辿り着く為の希望があった。
そして何より互いの存在が互いを救い、支え、励ましてを繰り返すことで、前を見て生きていた。
オペラ歌手として二人で同じ舞台に立つこと。その夢は、確実に二人の生きる理由だったのだから。
その晩。
抜け道を使って何食わぬ顔で院に戻った二人は、夢の続きを語らう間もなく互いの温もりを求めた。
それが褒められた行為でないことを解っていても、何度も何度も。
「…っはぁ……ね、」
「ん?」
「いつか…ここを出ていく時も、オレたちっ…一緒だよね?」
幼い身体にねじ込まれる未完成の性は、快感と引き換えに途轍もない負担を連れて来る。
突き上げに沿って弾む呼吸は不安を紡いだ。
いつまでも一緒がいい。
夢を叶える瞬間も、その後もずっと。死ぬまで。
「お前に合わせられる人間なんて…っく、俺以外に…誰がいんだ」
「っふぅ…ン…」
もしも、歌うこととリボーンと、どちらかを選べと言われたら…。
必死に口元を押さえる傍ら、心の奥の酷く冷静な部分でツナヨシはふとそんなことを考えた。
リボーンを失うことになったら。
それは等しく、歌う意味を完全に失くすことだ。
もしも離れ離れになるくらいなら、二度と歌なんて歌わない。
瞬時に行き着いた答えに、少なくともこの時のツナヨシは絶対の自信を持っていたに違いなかった。
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