REBORN!

□好きな人の好きな人
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ぐっと眉を潜めた可愛くもない表情が堪に障って仕方なく、人様の家の玄関先というのも忘れて荒っぽく扉を全開にして詰め寄った。

『帰らせたら後悔するぞ』

それは正しく自分に向けた意味に等しく、自らにこそ知らしめるための一言だった。

















本当に、これ以上なく意外なことにツナの部屋はそれはそれは綺麗なものだった。
ヨレヨレなワイシャツや弛んだネクタイと、見るからにだらしない此奴のことだから、絶対に片付けられない性格だと思っていたのだ。むしろ意外過ぎて居心地が悪いくらいに。


・・・・気まじい。


ツナが出してくれたオレンジジュースをズルズルと飲み下しながら、テーブルを挟んで向かい合うこの状況ときたら。
かつて経験したことがない程の重力が空気中に掛かっている気がした。

ツナが階下に降りている間に一人取り残された俺は、何故か緊張しながらベッドの下を覗いたりしてみた。恋に不慣れな女みてーだと溜め息を吐いて止めたわけだが、自分の挙動不審振りに拍車を掛ける結果に終わった。
正直ベッドの下に何もなかったのが、せめてのも救いだった。


向かい合ってしまったがために目線のやり場に困るが、ここは敢えてガン見の方向で。先ほどから俯いたままのツナに苛つき、自分のポーカーフェイスもさすがに崩れていく気配を感じた。
並んで座れば良かったのか?
いや、俺に近寄ることを良しとしないツナは距離を置くに決まっている。二人並んでしまったら、縮められないままの距離を余計に露呈して終わるだけだ。
そうに決まっている。


「…あの…、いつ迄いるの?」


嗚呼、あの笑顔は何だったのだろう。今目の前にいるツナはあの時のツナとは別人なのではないか、そんな馬鹿げた憶測が脳裏を過る。無愛想な反応に困惑することすら飽きがきているくらいに。

付き合って1ヶ月。
ツナの部屋に二人きり。
やることは一つ、なのに、だ。

この男の考えていることが全く理解できずに、じーっと音がしそうなくらい一層顔を覗き混んでやれば、眉間に皺を寄せてプイッと顔ごと逸らされた。


「…お前な、」


可愛くない。ムカつく。ウザイ。
こんな面倒臭い奴、捨てちまえば楽なのだ本当は。追い掛けてやる筋合いも、義理もないのに。
此奴をこっぴどく振る算段を付ける習慣がついた。想像の中のツナは必ず最後に泣くことになる。まずその仏頂面に拳を入れて、跪かせて無理矢理…。

気が付いたらツに手を伸ばして触れていた。タメのくせにふっくらと肌ざわりの良い頬。


「てめえが解らねえ、」


何処かに向けられていた視線が俺の元へ帰ってくる。
眉間の皺が一層濃くなり、比例して触れた顔が染まっていく。

離せばいいのか、触れていていいのか、解らない。


何を思っている?


お前が解らない。


僅かに動かし撫でる素振りをすれば、それでも特に嫌がることもしなかった。実際には固まったように黙って受け入れているだけなのだが。

それでも、苛ついて角が立っていた心がじわりと温かく潤っていくような感覚を覚えた。
ムカついてムカついて、殴ってやりたいくらいに思っているのに、こんなに優しく触れてしまう。


焦れったいこの距離を埋める術を、未だに知らずにいる。何人となく相手をしてきたこの俺がだ。
湯気が出そうな程頬を染めた表情が、あの日の此奴と重なった。

今だ。

遠くで誰かの声がする。今だと。
離れることも近付くこともできない、どっち付かずの曖昧な関係を動かせる、今ならば。それは今の俺にとってあまりに甘美な誘惑だった。
この一瞬が俺たちの関係をどう変化させるのだろう。



「…悪い」



何故謝ってしまったのか、自分でも解らなかった。
触れた唇は温かく、ただ接触しているだけのキスに、自分の中の色んなものを奪われていく気がした。理性、疑念、焦燥、想い。身の内をぐるぐると旋回していた様々な感情が溶かされ、消化され、或いは奪われて。
頬を撫でた筈の掌はいつの間にか、骨が浮き出た背中にあった。

抱き締めた身体が欲しい。
俺のモノにしたい。俺の記憶で縛りたい、お前を。



「……ゃ……だ、ぁ…」



付き合うということは、そういった行為を容すことだと思っていた。抱き締めたりキスしたり身体を重ねたり、遅かれ早かれそうなるのだと。
しかしながら、やっぱりそれは万人に通ずるものではなく、此奴の言う『付き合う』はそこに結び付かないのかもしれない。
懸念は確信へと変化する。


「…っ、…ぅ…」


触れていいのか、離せばいいのか、唐突に理解した。
涙の意味も、拒絶の理由も。


「泣くほど嫌なら何で一緒にいんだよ」


信じられないものを見る目でツナはこちらを凝視していた。後から後からボロボロと零れ落ちる涙が、図りかねていた真意を教える。
こんな面倒な付き合いは初めてだ。本当に。こんなに思い通りにならない相手も、初めてだった。


「……明日…学校で、な」


それは暗に迎えに来ないという意味を含めて。穏やかな口調の裏に、故意にツナを責める意味合いを乗せた。
涙を拭ってやれない自分は恋人失格だろうか。それ以前に、自分の行為で泣かせてしまった俺は間違っているのだろうか。


「…ごめ、…っ…」


最初で最後となるかもしれないツナの部屋を背に、微かに耳に届いた小さな謝罪。
なぜ、突き放してはくれない。
ごめんなんて言葉は欲しくない。突き放しもせず、突き放させもせず、飼い殺しのままの想いが重く重くのしかかる。


何かが変わると思った。
だから、真っ赤に染まった顔に賭けたのに。



「くそっ、」


泣いた顔など見たくもなく、振り返りもせず扉を閉めた。思いの外荒っぽい音が鳴る。
──驚かせてしまったか。
こんな状況でも一瞬ツナを気遣ってしまった自分に舌打ちして、不気味なくらい静まり返った家を後にした。


もしかしたら…などという憶測や期待は捨ててしまえばいい。こんな関係時間の無駄だ。
では何故手放せないでいる?





こんなに他人に好かれたいと思ったことはない。






あれだけ拒絶されても願ってしまう女々しさが恨めしい。
『好き』と受け入れてくれるか、或いは『嫌い』と解き放ってくれるか。もうどちらでもいい。どちらでもいいから決め手が欲しい。
俺は確かにそう思っていた。



翌日、彼奴の口からその答えを聞くまでは。
















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