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『それでは、次のニュースです。』


携帯を閉じ、目的もなくテレビを付けると、まじめな顔をしたニュースキャスターが今日の世界で起こった出来事を伝えている。
時間はもう20:30。
夕食の準備もとっくに終わってしまってる。
いつもより遅い勘助を待ちながら私は、やたら難しい言葉で彩られたニュースを聞くともなしに聞いている。


今日は金曜日。

いつもより少し夜更かしして、ソファでのんびりとお酒を飲みながら、古い映画を観るのが私たちのお気に入りの過ごし方。
「至福の時間」と呼ぶくらい、勘助はこの時間を大切にしているから、金曜日はいつも他の曜日よりも早く帰ってくる。


だから私も金曜日の夕ごはんは自然と気合いが入る。
今日のメニューは、料理の本と格闘しながら作ったペスカトーレ、トマトとルッコラのハーブサラダ、ブルスケッタも用意した。
美味しいワインも冷蔵庫で冷えている。

あとは勘助が帰ってきたら、パスタを茹で始めればいいだけ。




それなのに…

当の本人はなかなか帰ってこない。
連絡もない。



「…急な仕事でも入っちゃったのかな?」


ひょっとしたら何かの不具合でまだメールが届いてないだけかもしれない。

そう思って新着メールを問い合わせてみるけど、やっぱりメールも来ていない。

勘助に限って事故とか、事件…ってことはないだろうけど、やっぱり少し心配になってしまう。


「うー…寂しいよー…勘助ー。」


鳴らない携帯に話しかける。
そんな事をしても意味なんてないのに。



時間は20時45分。

着実に時は流れ、いつの間にかテレビから聞こえる声は女性のものに変わり、各地の天気を大まかに伝えていた。
週末は全国的に晴れ。
お出掛け日和。












『ところで皆さまご存知ですか?
今日は特別な夜です。』

ひとしきり天気を伝え終ると、アナウンサーはどこか楽しげに話し出す。



『カーテンを開けてみてください。
今日の月はいつもの満月とは違います。
エクストリームスーパームーン、19年に一度の月です。』



促されるままカーテンを開けるとわたしの目に飛び込んできたのは、とても大きくてきれいな満月。





「う…わぁ……」





手を伸ばせば届きそうなほど近くに見えるその月は
青白く、たおやかな光を放っている。


その月の光に導かれるように、私はベランダへと駆け出した。












ベランダで見る月は部屋の中から見るのとは比べ物にならないくらい、明るくて、神秘的で…
その途方もない美しさに私は思わず息を呑む。



そういえば、戦国時代でも月の光に感動したっけ。


私は今でもよく思い出す。
あの時代でのことを。
大変な事も多かったけれど、
今はあの時代に行くことができた奇跡に感謝している。



謙信様や綾姫に会うことができたし、軒猿のみんなや弥太郎さんにも会えた。

…それに…
勘助というかけがえのない存在に出会うことができたんだから。


満月の光はあの時代で感じた風の香りさえも、思い出させてくれるよう。



初めて会った時のことを
初めて交わしたキスを
初めて「私」を見てくれた、別れたあの時のことも…



勘助を恋しく思う気持ちが
奏として生きていた頃の想いの記憶なのか
それとも、私の心なのか
わからなかった事が嘘のように
今は何の迷いもなく
「私」が勘助を好きなんだって言える。




戦国の時代に行くことがなければ、勘助に出会うこともなくて…

勘助に出会わなければきっと、私は「愛しさ」も知らないまま、生きていったのだと思う。



「なんちゃってね。」


自分の思考に我ながら照れてしまう。


きっとこんな風にロマンチックになってしまうのは、この満月のせい。
全てを包み込むような、優しく清らかなこの月の光のせい。


だけどこんな夜もたまにはいいな、なんて思いながら、
私はこの神秘的な月の光に包まれ、佇む。


















「…真奈…」

突然、あたたかいものが身体を包み込み、
同時に耳元に聞き慣れた声が響いた。


一瞬の驚きは、すぐに喜びが取って代わる。

そのあたたかさで、匂いで、その声で
私の本能で
それが勘助だって、わかったから。


「おかえり。」


「……何度電話を掛けてもお前は出ぬし…
家に帰っても明かりは点いているというのに姿は見えぬ…」




「あ…っ!ごめん!携帯…」


リビングに置いたまま来てしまっていたことに今さら気づく。


どうやら月を眺めているうちに30分近くも経ってしまっていたらしい。
腕時計は21時40分を指している。


「…オレの居ぬ間に、お前に何かあったのではないかと気が気ではなかった。
まったく…
…生きた心地がしない、とは
まさにあのような心持ちを言うのだろうな。」




ほんの少し緊張を孕んだ声。
肌で感じる勘助の鼓動が少しだけ早いのは
姿の見えない私を焦って探してくれていたから。

そんなこといつもの飄々とした勘助からは想像できないから
なんだかちょっとだけうれしく思ってしまう。







「遅くなって悪かった。
帰りがけに少々厄介な問題が起きてしまってな。
処理の指示をしてきた。」

「そうだったんだ。
お疲れさま。」


「ああ、ただいま。」

勘助は私の頬に、遅ればせながらの「ただいまのキス」をする。
それにしても、指示だけして帰ってきてしまうあたり、勘助らしくてちょっと笑ってしまう。


「それで…お前はこんな所で何をしていた?」


「月を見てたの」

「月?」

「そう!
今晩の月はね、エクスなんとかっていう、19年に一度のすっごい満月なんだって。」



私の拙い説明に、勘助は感慨深そうに目を細める。


「…ああ…そうか…。
…そうだったな、もうそんな頃合いか」


雲がちぎれ、徐々にまた完全な姿を現してゆく月。
知らぬうちに冷えていた私の身体を体で温めながら、
勘助は月を見上げる。
その瞳はとても懐かしそうで…
まるで古い大切な友達に会ったような、そんな表情をしていた。

「…勘助?どうかした?」

「いや…思い出していた。
…19年前、この満月を見た時の事を。」

「え?」

「…19年後、この満月を再び見る時には、
隣にお前がいる…

お前と生きる未来を思い描いたら
どうしようもないほど胸が高鳴ってな。
オレらしくもなく、笑みが止まらなかったのよ。
それを思い出した。」

勘助は感慨深げに小さくため息をつくと、
私の身体に腕をまわし、ぎゅっと抱き寄せた。



「だが…その事を…今の今まで忘れていた。

それはきっと、お前と過ごす毎日が幸せに満ちているからなのだろうな。」


勘助は穏やかにそう言うと、もう一度ゆっくりと月を見上げる。
月の光に照らされたその白い髪は、まるで絹糸みたいにきれいな輝きを帯びている。


月は優しく降り注ぐ。
まるでその時の勘助の気持ちを、代弁するかのように。




「寂しかった?」

「うん?」

「…私を待ってる間…寂しかった?」


すると勘助は優しく微笑んで、ゆっくりと首を振る。


「…寂しくなどなかったさ。
19年待てば、お前に会えるのだからな。」


肩越しに響く声は穏やかで、途方もなく優しくて、
何でこんなに…この人は優しいんだろう。



「私ね…たった二時間遅い勘助を待つだけでも、寂しかったの。
…なんか、恥ずかしい。」


勘助は小さく笑い、うつむく私の頬にキスをする。


「…昔の話だ。
お前と共にいる日々の喜びを知ってしまった今では、お前と一緒に過ごせぬ数時間が、百年にも思えるほどよ。
…数多の年月を徒に過ごして来たというのにな。」



勘助はそう笑うと腕に力を籠める。
身体同士がくっつきあう、幸せな苦しさ。
勘助の言葉は、この月の光のように柔らかい光を纏い
私の心をあたたかい気持ちで満たしてゆく。










「…ねぇ?
19年後のこの月も…
こうして二人で、一緒に見ようね」


手すりを背に、振り向き勘助の背中に手を回す。
大好きな勘助の匂い。

「19年後だけで良いのか?」

少し意地悪なその言い方も勘助らしいから
たまらなく愛しくて
勘助の胸に顔を埋める。

「ううん…良くない。」

勘助は私の髪を撫で、まるで小さな子を宥めるように、
耳に小さくキスをする。


「わかっている。冗談だ。
38年後も、57年後も、
この満月を共に愛でよう。」


勘助はふわりと微笑むと、私の顎をとり、そのまま唇を近づけた。


「…誓いの口づけだ。

真奈これからもずっと…
オレと共にいろ。」




そのキスは、初めてのキスの時みたいに強引で
相変わらず横柄な言いぶりなのに
すっごく幸せで、すっごくあったかい気持ちになるのはきっと
昔にはなかった、「愛しい」っていう気持ちが、私の身体中に溢れているから。





「…ずっと…ずぅっと、一緒にいようね」

「…ああ。」



再び重なりあう唇。
何回キスをしたって、この溢れそうな愛しさは伝えきれない。







奏から私に、引き継がれた想いは時代を越えて
確かな愛へと変わった。

遠回りをしたけど
ようやく繋いだこの手をもう絶対に離さない。

私たちはずっと一緒に生きてゆく。
溢れだす愛しさで、互いの心を満たしあいながら。













 

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