短編2
□秘密終了カウントダウン
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これの続き
体育館裏というのは、告白かいじめの王道場所の一つだろう。体育館の、舞台がある側の壁は外へ通じるドアがないから、人はあまり来ない。だが帝光中はその場所を弓道部の活動場所にしている。よって、体育館裏での告白はほとんどない。
だからって、ここでしなくても。
六時間目が体育な為にHRが遅れ、掃除も遅れ。ゴミ捨ても遅れ。
自分のクラスが最後だろうゴミ(雑古紙・推定十キロ)を両手で持って、赤司は校舎裏で立ち尽くしていた。ゴミ捨て場はこの角を曲がって前進してもう一度曲がったところにあるのだが、道の途中――角を一つ曲がったところで告白現場を発見してしまい、慌てて引き返したのだ。
好きです、とか細い声が聞こえた。こっちは性別を偽っているせいでアピールだって出来ないのにと理不尽にも不満に思っていたら、断る声に肩が跳ねた。
「わり、今バスケ以外に興味ねえから」
――青峰。
赤司が今まさに想いを寄せている相手。モテるとは聞いていたけれど、告白現場に居合わせたのは初めてだ。
振られた女子が脇を走り抜ける。涙を拭う彼女も、仰天している赤司も、お互いの存在に気付けなかった。その場に残った側の赤司はしかし、近付いてくる足音には顔を上げた。逃走ルートを見つけられなくて立ち往生する。
「――っわ、赤司? ……聞いてたか?」
「…………ん、あ、あぁ。悪かった。……思ったよりマシな断り方だったな」
「どんなだと思ったんだよ」
「『パス』とか、『胸ねーから無理』とか」
「え、何オレ胸でカノジョ選ぶって思われてんの」
心外そうにしているから、胸が小さくてもチャンスはあるようだ。未だにBカップに行けない身としては嬉しい。……胸があるかないか以前の話だが。
雑古紙を持ち直して「ゴミ捨てるから」と小走りに青峰の脇を通る――雑古紙を縛るビニール紐の、結び目がある部分を褐色の手が握り、持ち上げた。
「重いんだろ。手、赤くなってんぞ」
ちゃんと鍛えろよ、と悪戯っぽく笑ってくる。冗談なのは、自分が客観的にも修練を怠っていないのは、分かっている。
いつだったか、赤司の座る椅子にハンカチを敷いてくれた元三軍の男子を「男にも紳士とか意味わかんね」とか言っていたが、青峰だって大概だ。男にとっては、十キロはそう重くない重さだ。そして赤司は世間的に男である。なのに持ってくれるだなんて、どれだけ優しいのだ。
そうしてまた、好きになっていく。
そうして、少し遠いな、と思った。
* * *
「峰ちん、赤ちんに何かした?」
珍しく固めの声で、紫原が聞いてきた。自分より大きい人間に睨まれることはあまりないので多少怯んでしまう。
何もしてないと答えて、赤司がどうかしたのか聞く。紫原は「峰ちんもまだまだだねー」と、得意気でもない顔でまいう棒を一口食べた。性別を除き、自分より紫原の方が赤司を理解しているのは事実であり、いい気持ちはしない。
「だって赤ちん、峰ちんのことちょっと避けてんじゃん」
「……え」
「あーでも、峰ちんはいつもどおりだから、何かしたとしても自覚がないのかなー」
「いやちょ、まっ…」
言いたい放題言うだけ言って、紫原は食い終わったまいう棒のゴミを捨てに行ってしまった。呼び止める暇もなかった。
……赤司が、オレを避けてる? また?
言われてみれば会話が減った気がする。話せただけで気分が上がるから気付くのが遅れた。
今回は何もしていない。喧嘩だってしていない。
休憩中なのを良いことに、緑間と話している赤司を捕まえる。思いきり迷惑そうな顔をされた。緑間に。
「赤司、ちょっと来い」
「忙しいのだよ」
「お前に聞いてねえよ」
手首を掴んで引っ張り、緑間から数メートル距離を取る。さすがの赤司も訝しげにしていた。
「人の話の間に入ってきたんだ。重大な話なんだろうな…?」
「オレ、何かした?」
赤司が目を点にした。この驚きようからすると、本人に避けるという意思は無さそうな――「最近のお前の態度は比較的良好だが……いきなりどうした。体調でも悪いのか?」――違った。質問の意味を取り違えられていた。
「ちげーよ。オレ、お前に何かした?」
「…別に、何もしていない」
「でもオレのこと避けてねえ?」
「避けてない」
即答しすぎて逆にあやしい。ポーカーフェイスの仮面は分厚い。射抜いて向こう側を見ようと、赤司をじぃっと見つめる。すると肩をはたかれた。多分、頭には手が届かないのだろう。
口をへの字にした赤司に睨み上げられていた。微妙にこちらの目から逸れた場所、鼻辺りを視線の到着点にして、「練習に戻れ」と固い声で言ってきた。
今、深く突っ込んで機嫌をもっと損ねたら、一緒に帰れなくなるかもしれない。青峰は仕方なく、ちょうど1on1を叫んできた黄瀬の元へ向かった。
* * *
ふと集中が切れて時計を見る。七時前。止めるにはぴったりな時間だ。外もすっかり暗い。一軍に昇格した、元三軍の同級生との練習は毎日のものではなくなっていて、今日は青峰一人の練習だ。
部室の明かりがついていることに安心する。先に帰られた可能性がなくはなかったのだ。
ドアを開けると、ちゃんと赤司はそこにいた。お疲れ、とかかる声に応えて着替える。
「お前も練習付き合ってくれりゃあいいのによお……全然1on1してくんねえし」
「自主練の時間をメニューに当てなければいけないのは見て分かるよな? 分からないほど阿呆じゃないよな?」
「まー分かっけど」
今日の本題は練習のことではないけれど、青峰はバスケのことを雑談の種にした。赤司が、最近の黄瀬が素晴らしいと目を輝かせるのが面白くない。黄瀬に一度も負けたことがない自分のことは褒めてくれないのに。
赤司は途中でメニューを書き終えており、青峰は着替える手を早めた。セーターを着て完了する。
「よし、帰るか」
「あー……その前にいいか」
「何?」
心なしか赤司の体が固くなった。もう警戒された。しかし警戒されたということは、警戒する理由があるということだ。
何気なくドアの前に立つ。いつかのように回し蹴りを放たれたらおしまいだが。
部活中に訊いた質問を、ここでもう一度。今度は確信の形で。
「……何でオレのこと避けてんだ、お前」
「避けてないだろ、今だってこうして…」
「最近あんま話してねぇし。つーか今も逃げようとしてるよな」
「…………」
何も言えなくなった彼女は直前までジリジリと間合いを詰めてきていた。十中八九、回し蹴りのためである。
鞄を抱きしめる赤司はかわいい。本物の男だったとしても違和感なくかわいい。ぎゅうと抱きしめるその仕草がなぜか似合っている。ぬいぐるみでも抱かせたらすごい威力になるに違いない。
現実逃避でも何でもなくそう考えていたら、彼女が青峰の爪先を見ながらボソボソ話した。
「……女の子が、少しうらやましくなった」
お前も女じゃねえかと言うのはもちろん堪えた。
口を挟む暇はない。一言一句がとても大事だった。
「告白とか、出来てて。…それで何だか、距離を感じたんだ」
告白ができて羨ましい。それはつまり、赤司に好きな男がいるという意味だ。一瞬頭が沸きかけたが、考えてみると、青峰を避けたというのなら。赤司の好きな男というのはもしかして――いや、舞い上がるのはまだ早い。確信したわけでもないし。
距離を感じた云々は分からない。誰と誰の距離だ。
青峰、と赤司が顔をあげた。少し潤んだ瞳と赤い頬。どうして女だと分からないのだろう。周りの人間と過去の自分がとてもバカに思えた。
「…今はバスケにしか興味がない、と言っていたな」
何のことかと少し考え、この前の告白のことかと思い当たって、頷く。
「……いつまでだ」
「は?」
「…………いつまで、バスケにしか、興味を向けないんだ」
赤司は照れ隠しするように苛立っていた。あるいは逆かもしれない。
いつになったら恋愛にも興味を向けるのかと、遠回しに聞いているらしかった。威嚇するみたいに目を吊り上げているがやはり、かわいいだけだ。
いつまで。とっくに恋愛にも興味を持っているが、言ったら相手を聞かれそうで怖い。うんうん唸っていたら、また青峰の爪先に視線を落とした赤司が言う。
「……このままじゃ一生童貞になりそうなお前の為に、オレが決めてやる」
「おいこら誰が一生童貞だ」
「――二年後の、WC終了日。その日からは恋愛も少しは視野に入れろ」
帰るぞ、と。赤司は抱いていた鞄を肩にかけて一歩前に踏み出した。突っ立って呆然としている青峰に「蹴られたいのか」とすごむ。反射で横に飛びのくと、やけに早足で出ていってしまうから慌てて追いかけた。彼女の二歩が自分の一歩だ、すぐに追いついた。
「なあ赤司、期待してもいいのか?」
何をだ、と赤みが残ったままで聞き返される。自意識過剰にはなりたくないが、もしかしたら二年後――高一のWC終了日は、赤司が女に戻る日なのかもしれない。
二年の時が経って、もし赤司が女になっていたら。その時は自意識過剰を確信に変えてもいいだろう。
もし男に偽ったままだとしても。彼女が彼女に戻るまで、気長に気長に、待ち続ける覚悟はとっくにできていた。戻ったその時に想いを伝える。
隣で歩くにつられて揺れる小さな手を、握れる日は。
END.
* * *
これってもしかして「END.」ではなく「To be continued…」ですかね。ポケモンみたいな。
BGMはボカロの「オツキミリサイタル」。書く時BGMはわりとありますが、「BGMは」というフレーズ(?)に憧れまして、書いてみました。深い意味は皆無。
赤司さんのポーカーフェイスがガッタガタですが、青峰相手だけなんですそれは。
リクエストありがとうございました!